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朝日新聞「日韓共催オリンピック招致を!」

東京がオリンピック招致に失敗し、ウソ捏造でっち上げ反日界のエース・朝日新聞が早速、
歓喜の作文を発表した。
得意の日韓共催を潰されて、狂ったようにネガキャンしてたもんね。
東京招致を阻止できた喜びがひしひしと伝わる、実に阿呆みたいな作文だ。

 朝日新聞【社説】2009年10月4日(日)付

 五輪リオへ―「南米初」に喝采を送ろう

 五輪を通じてこの地域に日本人の目が向くことは必ずやいい影響をもたらすだろう。
 五輪開催地としては犯罪率の高さといった問題が指摘されてきた。
 だがこれからに期待したい。
 スポーツの持つ力が人々に夢を与え、社会の活力を生み出す。
 それはどの国にも通じることだ。五輪はブラジル国民の自信を大きく育むだろう。
 総会会場にはオバマ米大統領や鳩山首相らが乗り込み、誘致を競い合った。
 各国の世論を背に火花を散らし合いながらも、開催地決定の後は互いに健闘をたたえあう。
 そんな首脳外交もいいものだ。
 東京への誘致は、「世界初のカーボンマイナス(二酸化炭素削減)五輪」を訴える試みだった。
 敗れたとはいえ、今後の都市づくりに生きれば、
 これまでの誘致の努力も決して無駄にはなるまい。



 『 朝日新聞 福岡・釜山共催オリンピック招致、東京オリンピック阻止への偉大なる道程 』

●朝日新聞が【社説】でサッカーW杯の日韓共同開催を主張(1995年6月21日付)

●東亜日報が釜山・福岡の共同開催を主張(2006年1月4日付)

●福岡市が引っ張り出した姜尚中が福岡・釜山共催を提案(2006年7月11日付)

●姜尚中の「金持ちの、金持ちによる、金持ちのためのオリンピックで、世界に勝てますか」の東京批判に反発した石原知事を朝日が批判(2006年8月30日)

●東京の立候補が決定

●朝日新聞が【天声人語】で「国民を束ねる旗印ない」「2回目の五輪意味があるのか」「五輪は要らない」などと畳み掛けて批判。「福岡が東京に敗れたとは思わない。この街は独自の魅力的な「都市の肖像」を備えている」と尚も福岡・釜山共催への未練を表明(2006年08月31日付)

●朝日新聞が【社説】で

「巨額の資金を振り向ける余裕があるのか」ともっともらしく批判。
「防災対策など他にやるべきことがあるはずだという批判もあろう」「地方からの異論も出てくるに違いない」などと、ネタが思いつかなかったのか、腰砕けの曖昧な批判。
「「三国人」発言などで国内外で物議をかもし」と石原都知事を批判。

散々批判した上で、

アジア大会の招致につなげるのも一案かもしれない」

と福岡・釜山共催を未練がましく主張(2006年8月31日付)


●実は福岡・釜山共催阻止の為、東京が立候補したとの説も



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崔 基鎬

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東亜日報
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2006010403008
韓日ワールドカップ、韓日オリンピック
JANUARY 04, 2006 03:03

若宮啓文・朝日新聞論説主幹様。

新年のあいさつを兼ねて、お手紙差し上げます。若宮氏は10年前、韓日ワールドカップ共同開催を主張する社説(1995年6月21日付)を直接書かれました。当時の韓国と日本は、単独開催に向けて国家のプライドと命運をかけて争っている時でした。共同開催という話自体が、卑怯で無謀に思われた時でした。

しかし結局、歴史を変えることになりました。世界サッカー協会(FIFA)のルールにまで手を加える共同開催が、現実に実現しました。若宮氏は、ソウルの開幕式に招待され、「太極旗(テグクキ、韓国の国旗)と『日の丸(日章旗)』が並んで掲揚された時、鼻先がジーンとする感動を受けた」と、回顧していましたね。

感動の嵐でした。2002韓日ワールドカップは実現し、両国は画期的に変化しました。まず、韓国で「米国よりも良い日本」という好感がわき上がり、日本でも「ヨン様」ブームで、韓流熱風が吹き荒れました。一日に1万人以上が行き交う隣国に発展し、金浦(キンポ)?羽田航空路線までできました。

しかし正直に言って、韓日国交正常化40周年の昨年、「友情の年」はさびしく終わりました。行事は相次いだものの、友情が感じられないケースが多くありました。靖国神社の参拝や独島(ドクト、日本名竹島)問題が、そうさせてしまいました。両国の外交官たちは、好転の糸口を見出せない韓日関係に、ため息だけをついています。ポスト小泉首相と呼ばれる安倍晋三、麻生太郎氏のような右派政治家たちの発言は、展望を暗うつにさせるだけです。

10年前、韓半島専門家の小此木政夫慶応大学教授も、共同開催を積極的に支持していましたね。その方の還暦の会が昨年末、ソウルで開かれました。ソウルの知人たちの意義深い集まりでした。私も参加して、共同通信の平井久志ソウル特派員の隣に座りました。その時、平井特派員が、驚くべき興味深い話をしてくれました。

「釜山(プサン)が、2016年後のオリンピックを念頭に置いて、国際オリンピック委員会(IOC)総会の誘致に乗り出している。日本の福岡も、2016年オリンピックを誘致すると宣言した。釜山と福岡は姉妹都市で、快速船で2時間30分しかかからない距離だ。両都市が共同開催すれば、どれほど素敵だろうか。」

確かに両都市は、1989年10月に姉妹都市となりました。交換形式で市職員を派遣し、勤務させています。福岡にある朝日新聞西部本社の山西清芳スポーツ部長が私に、「釜山の歯科医院に通う福岡の人がいる」と言ったように、航空便で1時間以内の距離です。

釜山は独自でオリンピックを取ろうとするよりも、福岡と手を握るのが有利です。同じく福岡も、すでに誘致宣言をしている東京と単独で競争すれば、力に余ることでしょう。これこそ21世紀型「グローバリズム」の真髄ではないかと、ふと考えました。国境を越えグローバル(global)に、隣国の地方(local)都市が手を取り合うのです。

2016年なら、10年後の話です。それが難しければ、2020年に修正して、共同開催を狙っても、悪くはないと思います。その間、韓日関係が政治問題に縛られ、若宮氏の表現どおり「時々くもり」になっても、オリンピックの包帯で巻いた両国関係は、「おおむね晴天」の友情のこもった隣国に進むのではないでしょうか。

さらに、ワールドカップの時のように、国境を越えた都市と都市でオリンピックを共同開催する新しい21世紀の水平分業的な国際関係として、模範を示す韓日関係になるのではないでしょうか。恩讐の歴史を越えて、加害と被害の不幸だった過去から立ち上がり、和解と互恵協力に進む関係です。


金忠植(キム・チュンシク)論説委員


福岡五輪 市民フォーラム 2016福岡・九州オリンピック計画について考える 招致への期待と懸念
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/fukuoka/fukuokagorin/20060711/20060711_002.shtml
姜尚中 「可能ならサッカーW杯のときのような福岡と韓国・釜山の共同開催を期待している。今後、10年間で世界情勢は変わるので、そういうことも可能になるのではないか」


姜尚中氏の福岡応援に石原知事反発「怪しげな外国人」
http://www.asahi.com/politics/update/0830/009.html
五輪の国内立候補都市を巡り、石原慎太郎・東京都知事が、福岡市の応援演説をした姜尚中・東大教授に激しく反発、「怪しげな外国人」などとかみついた。

姜教授は演説の中で、「金持ちの、金持ちによる、金持ちのためのオリンピックで、世界に勝てますか」と東京を批判。すると、続く東京側のプレゼンテーションの場で石原知事が「さっき、どこか外国の学者さんが東京は理念がないとおっしゃっていた。何のゆえんだかわかりませんが」と発言。その後の祝賀パーティーのあいさつでも、「怪しげな外国人が出てきてね。生意気だ、あいつは」などと述べた。


朝日新聞【天声人語】2006年08月31日(木曜日)付

 2016年の8月12日、2度目の東京オリンピックの幕が開いた??。となるかどうかは、まだまったく分からない。開催都市が最終的に決まるのは09年だ。しかし日本の候補地は、東京と決まった。

 1964年の五輪から42年、人の半生にもあたる時が流れた。それでも、沸き返るような熱気と感動的な場面の数々は今も鮮やかによみがえってくる。五輪の開催そのものが、敗戦から再生して世界の舞台に復帰する証しのようだった。

 あの時、東京は激変した。道路が町を削り、道の上に道が造られ、川は埋め立てられて道になった。その変容を悲しむ視線もいくらかはあったが、戦後を克服する五輪という旗印を掲げた大波にのまれた。しかし今、当時のような多くの国民を束ねる強い旗印があるとは思えない。

 都は「アジアで初めてとなる2回目の五輪」を掲げるが、どれほどの意味があるのか。もし五輪を新しい改造のきっかけにするのなら、前の五輪の功罪を見つめることが肝要だ。

 あの大改造の中で、日本橋は高速道路にふたをされてしまった。その日本橋の空を取り戻そうという動きがある。大金をかけてふたをし、今度は膨大な資金を使ってふたを外すという。高速道が覆っているのは、果たして橋だけだろうか。人間も、ではないか。あの時代の「改造パニック」そのものを省みる必要がある。

 福岡が東京に敗れたとは思わない。この国の多くの市がミニ東京化する中、この街は独自の魅力的な「都市の肖像」を備えている。それを磨くのに、必ずしも五輪は要らない。


朝日新聞【社説】2006年8月31日社説
五輪候補地 問われる首都の将来像

 2016年の五輪開催に、日本から東京が立候補することになった。国際オリンピック委員会(IOC)による3年後の最終決定に向けて、世界のほかの立候補都市と争う。

 東京への招致は1964年大会以来になる。アジア初の東京五輪は日本経済の高度成長の象徴となり、首都の都市基盤を整える起爆剤にもなった。それからほぼ半世紀。2度目の開催で、くたびれが目立つ巨大都市のインフラを造り直し、都市再生の足掛かりにしようということだろう。

 だが、そんな巨大プロジェクトを進めるには、10年後の世界も想像しつつ、考えるべき課題が山ほどある。真っ先に手をつけるべきは、東京の将来像をきちんと作り上げることだ。そこに五輪開催を位置づけ、世界の人々も納得できる絵を描く必要がある。

 福岡市と争った国内選考のために、東京都が提出した開催プランは1年足らずで作られたものだ。東京湾の埋め立て地を活用し、コンパクトで経費も安くあげる。基本的な方向性にはうなずけるが、ではどのようにそれを実現するのかとなると、多くの疑問符がつく。

 例えば交通混雑への対応。近年の五輪は選手や観客のスムーズな移動を確保するため、道路に五輪専用レーンを設けることが多い。2車線の首都高速道路でこれは不可能だ。メーンスタジアムなど新しく造る施設を地下鉄でつなぐなら、兆単位の資金が必要になるだろう。

 東京をどんな都市にするのか、その将来像を見据えた議論が求められる。

 そんな巨額の資金を振り向ける余裕がどこにあるのか、防災対策など他にやるべきことがあるはずだという批判もあろう。また東京一極集中か、という地方からの異論も出てくるに違いない。東京での五輪招致が、国全体で考えるべき問題なのは明らかだ。

 人々が広く共感できるように、知恵と技術を集めてプランを磨き上げなければならない。同時に、他の都市との国際競争に勝つための戦略づくりも急務だ。

 なぜ2度目の五輪を日本で、それも東京で開くのか。東京は五輪にどんな貢献ができるのか。そうした意義や理念、セールスポイントを明快に打ち出せなければ、IOCでの国際選考を勝ち抜いていくのは難しい。

 東京は開催プランの中で「アジアで初めてとなる2回目の開催を東京で」と、招致の意義を説く。これではとても世界に訴える力があるとは思えない。

「三国人」発言などで国内外で物議をかもし、アジア近隣諸国を刺激することの多い石原都知事も、国際都市・東京のイメージアップを真剣に考える必要があるだろう。

 国内選考で敗れた福岡市は、開催プランづくりでは東京以上に知恵を絞っていた。この間に生まれた地域の盛り上がりを大事にし、たとえばアジア大会の招致につなげるのも一案かもしれない。


愛國日記
http://www5.diary.ne.jp/user/514584/

実は韓国の釜山が福岡との共同開催を計画しており、その韓国側の工作員の活動を察知した東京が阻止のため立候補し、福岡と釜山の共同開催への工作活動に楔を打ち込んだというのが事実だ。

次回の開催都市が東京に決まる可能性などほとんどないわけだが、東京としてもこれで満足で後はお役御免といったところだ。


【社説】五輪リオへ―「南米初」に喝采を送ろう
http://www.asahi.com/paper/editorial20091004.html

52年ぶりの東京五輪の夢は消えた。だが落胆している人の耳にも、地球の裏側からサンバのリズムに乗る歓喜の歌声が届いていることだろう。

 カーニバルで知られるブラジルのリオデジャネイロに7年後の夏、聖火がともされることになった。

 コペンハーゲンで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会で、リオが東京、シカゴ、マドリードを振り切り、16年夏季五輪の開催都市に選ばれた。南米初の開催である。

 招致をめぐる大混戦の中で、ルラ大統領やサッカーの王様ペレ氏らが「南米の若者のために、五輪を新たな大陸にもたらしてほしい」と訴え続けた。それがIOC委員の心を幅広くとらえたのだろう。

 ブラジルは中国、インド、ロシアとともにBRICs(ブリックス)と呼ばれ、世界に存在感を増す有力な新興国の一つである。ルラ氏はG20の顔でもある。中南米諸国や他の大陸の途上国への支援呼びかけもリオ五輪への共感を広げる効果があったに違いない。

 ブラジルには約150万人の日系人が住み、日本からの移民が始まって100周年を昨年祝った。2014年のサッカーW杯開催国にも選ばれており、世界の耳目を集めるスポーツの祭典を立て続けに開くことになった。

 南米大陸は、経済や資源外交でもこれからの日本にとって重要性を増す地域になろうとしている。五輪を通じてこの地域に日本人の目が向くことは必ずやいい影響をもたらすだろう。

 五輪開催地としては犯罪率の高さといった問題が指摘されてきた。だがこれからに期待したい。スポーツを通じて、若者の非行を防ぐ政策が実を結びつつある。リオを推した委員は、街と市民の負の側面ではなく、潜在力を評価したといえる。

 スポーツの持つ力が人々に夢を与え、社会の活力を生み出す。それはどの国にも通じることだ。五輪はブラジル国民の自信を大きく育むだろう。

 総会会場にはオバマ米大統領や鳩山首相らが乗り込み、誘致を競い合った。各国の世論を背に火花を散らし合いながらも、開催地決定の後は互いに健闘をたたえあう。そんな首脳外交もいいものだ。

 盤石の財政やコンパクトな会場配置を柱にした東京の提案は評価を得た。鳩山首相の演説も、2020年までに温室効果ガス排出量を25%削減するという野心的な目標をいれたもので力があった。12月にはCOP15でのより厳しい交渉が待ち受けている。

 東京への誘致は、「世界初のカーボンマイナス(二酸化炭素削減)五輪」を訴える試みだった。敗れたとはいえ、今後の都市づくりに生きれば、これまでの誘致の努力も決して無駄にはなるまい。


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