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国民総両班。

「朝鮮の両班は、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとく振る舞っている。大両班は、金がなくなると、使者をおくって商人や農民を捕えさせる。その者が手際よく金をだせば釈放されるが、出さない場合は、両班の家に連行されて投獄され、食物もあたえられず、両班が要求する額を支払うまで鞭打たれる。両班のなかでもっとも正直な人たちも、多かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者は誰もいない。なぜなら、両班たちが借用したものを返済したためしが、いまだかつてないからである。彼らが農民から田畑や家を買う時は、ほとんどの場合、支払無しで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止できる守令は、一人もいない。」

マリ・ニコル・アントン・ダブリュイ 『朝鮮事情』



李氏朝鮮には奴隷制度があった。

世襲の奴隷もいれば、自ら進んで奴隷に身をやつす者もいた。

働くほどに毟られる、ならば納税義務のない奴隷に。

こうして奴隷人口は50%に増えた。

両班人口は1690年の時点で7%ほどだったが、

偽の資格証を手に入れた自称も多く、

李朝末期には戸籍上50%近い両班がいた。


彼らは派閥間での官職獲得闘争に血道をあげた。その闘争は陰謀と策謀に満ち、互いに血を流し合うまでに至るすさまじいものであった。この闘争が何百年間にもわたって繰り返されてきた。
 ある派閥が政権を握ると、他の派閥はそれに協力して政治を行うことはない。次の政権奪取を狙ってさまざまな手を打つことに終始したのである。彼らにとっては派閥の主張が唯一の政治的正義であって、他派閥は不正義によって政治を行っていると考えた。これらの争いは、多くの場合、敗北した党派の指導者の抹殺を期として終焉する。

こうした憎悪の関係は父から子へと世襲されたから、果てしない闘争の繰り返しとなるしかなかった。李朝では、先祖が受けた屈辱を子が晴らすことは、子孫にとっては最も大きな道徳的行為だった。
父親の仇を討たなかったならば、父子関係が否認され、その子は私生児となり、姓を名乗る権利さえもなくなってしまう。
たとえ父が合法的に殺されたとしても、父の仇あるいはその子を、父と同じ境遇に陥れなければならず、また父が流罪になればその敵を流罪にしてやらねばならない。

呉善花著「韓国併合への道」




盗んだ仏像は返さない、性奴隷だ徴用工だと言って金を要求する、

国家間の約束事を平気で無視する、

選挙に敗れた大統領が逮捕される、自殺する等々、

中華思想と両班の価値観を用いれば、

朝鮮の基地外じみたあれこれは大概説明がつく。

奴隷の子孫たちが両班文化を全力継承中。




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